犬の歌

染矢敦子 ワンワン ソング & フォト

山の神にいた犬(1)

ころ

 

うちの実家は、山に囲まれている。

その山の奥の奥、「山の神」と呼ばれる場所がある。

 

父は、定年退職後、そこで山仕事をする時間が増えた。

冬のうちは、ぼつぼつと…そして、春が近づき、また毎日のように、仲間達とそこに行き始めた。

 

三月中旬のある日、その場所に茶色い犬が現れた。

小ぶりの中型犬、体の大きさから、父と仲間はまだ子犬だと思った。

人懐っこく、つぶらな瞳。

父と犬は仲良しになり、父は犬のこれからの幸せを願った。

 

その犬が現れる直前に、父は見慣れない車を見たそうだ。

人慣れしてることからも、その犬は捨てられたことは明らかだった。

 

それからも、山仕事の時、毎日犬は現れる。

犬も仲間になった。

 

穏やかに、毎日顔を合わせる日々。

そして、訪れる運命の日。

3月28日、金曜日。

 

祖母が、自宅に帰り、父と母に告げる。

誰かが、動物管理センターに電話をして、犬が連れて行かれたらしい。

管理センターの職員の人に喜んで、抱かれて行ったらしいと…。

 

父の顔色が変わった。母は、泣きそうになる。

 

管理センターに保護された犬は、引き取り手がなかったら、ガスで処分される。

「管理センターに電話せな。うちに連れて帰る。」

父は、母に言う。母は安堵するが、祖母は怒る。

「また犬を飼うんな!引き取り手がなかったら、どうするんな?!」

「引き取り手がなかったら、家で飼う!」

父はきっぱり言った。

 

母にその時の話を聞き、涙ぐみながら、父を今までできっと一番誇らしく思った。

母もそうだろう。

 

金曜の夜、もうセンターは閉まっている時間だ。

でも、ワンワンライブに来て、犬の歌や話を聞いてくれていた母は、そして犬を思う父も居ても立ってもいられず、電話をかけてみたそうだ。

電話に職員の人がでる。犬は、無事だった。

「良かった。良い子ですよ。月曜に連れに来て下さい。」

センターの方も、父も母も私も…みんながホッとした。

 

母とその一連の話をしていて

「また茶色い犬だね。」

そんな話が出た。

 

一回目のワンワンライブの三日前、救えなかった犬。

管理センターの冷たい床の上で、丸まっていた茶色い犬。

ワンワンライブで、歌い、話し続けている「茶色」

 

あの時、まず母に電話をかけた。

「お母さん、もう一匹、犬飼えない?女の子。」

母は、父に聞かないと分からない。

多分、ダメと思う。そう言った。その時、家には二匹の犬がいた。

 

父に電話をかけた。忘れもしない。私は学校で働いていて、使われていない教室、窓際に立って外を見ながら電話をした。

「そんなことにかかわってたら、お前の人生ダメになるぞ。」

と怒られた。

 

父は、当時公務員で、同じ部屋の隣のデスクが、動物の保護に携わる課だったそうだ。

毎日、救えない犬を父は身近に感じていた。そして、娘の私のこれからを心配して言ってくれたのだろう。でも、その時は、それに気付けなかった。悔しくて、悲しくて、私はその場で泣いた。

 

その時は、ただ自分だけが、悲しいと思っていた。でも、母の

「あの時、助けれんかった犬も茶色だったもんね。今度は助けれて良かった。」

その言葉を聞いて、ハッとした。私は、父にも母にも救えない辛さを背負わせていたのだと…

 

想いは、一人では終わらない。伝わるんだ。ワンワンライブで自分が言っているのに。

「気持ちは伝染するから、たった一人の私から始めよう。」

悲しみも、自分だけで終わらない。そんな当たり前のことに五年も経って気付かせてもらえた。

 

父にも電話をかけた。

「土日、センターだから可哀想ね。早くお家に来れたら良いね。」

「うん。でも、お父さんと気持ちが通じてたら、だいじょうぶ。」

そんなことを言う人じゃなかった。涙が出た。

 

                         つづく…

 

  *

 

写真は、山の神を放浪していた時のものです。

父の撮影です。